by koechel581
カテゴリ
最新の記事
以前の記事
最新のコメント
フォロー中のブログ
検索
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
我々の母親どうしの間に見つかった接点は、もっと直接的だった。
なぜ今になってその事実が判明したのかについては、私サイドの複雑な事情が絡んでいるので説明を省き、私の母親というのは「実母」であるとだけ述べておく(私は養父母によって育てられた)。 二人の母親どうしの接点というのは彫刻家の故佐藤忠良氏である。 彫刻家だった妻の母親は佐藤氏と親しく、生前よく佐藤さんのアトリエを訪ねていた。 ※下の塑像は義母の若い頃の習作。 北海道で育った佐藤氏は(生まれは宮城県)、絵を勉強するために20歳で上京し(昭和7年)、その前年に小説家をめざして北海道から上京していた船山馨氏の下宿に同居した。 二人とも食事も満足にとれないほどの貧乏学生だった、と佐藤氏の自伝には書かれている。 同じ時期、私の母は、祖母(母方)や兄弟たちと一緒に目白にあった祖母の従兄(母の叔父、以下「叔父」)の家に寄寓していた。 そしてその叔父というのが、苦学していた佐藤、船山両氏らを援助していたのだという。 叔父は北海道で財を成し、同郷の若い学生たちを支援していたのだそうだが(どんな支援だったのかは不明)、佐藤氏の自伝にその話は出てこない。 二人の下宿は船山氏が通っていた早稲田大学の近くにあり、叔父の家があった目白に近かったことから、思うに、一度ならず叔父の家に招かれて食事をふるまわれたりしたこともあったのではなかっただろうか。 そのとき、祖母や、二人と年齢が近かった母とも顔を合わせたことは十分にあり得る話である。 祖母はもちろん、母もすでに他界してしまっている上に、私との関係は極めて疎遠だったので、今のところこれ以上詳しいことは分からない。 が、義母(妻の母)や佐藤忠良氏が存命だったら、義母を介して佐藤氏に当時の話が聞けただろうと思う。 もちろん義母は、この思いがけない私との縁に驚いたに違いない。 我々の母親どうしの接点は、さらにこれだけに終わらない可能性があった。 (つづきます)
#
by koechel581
| 2023-01-10 21:33
| @山小屋・その他
|
Comments(0)
妻と私は大学時代に、たまたま同じ音楽サークルで知り合ったのが縁で結婚した。 二人は生まれも育ちも互いに遠く離れていただけでなく(妻は東京の目黒生まれ、私は東北の米どころの町の生まれ)、画家と彫刻家を両親に持つという妻の一般的とは言えない家庭環境から見ても、それまでの私と何かの接点があったとは到底考えられなかった。 しかし、歳を取ると、今まで知らなかった親の過去を知って驚くことが増えてくる。 そして最近になって、妻と私の間には偶然と言うにはあまりにも珍しい接点があることが判明した。 その接点は、我々の母親どうしのあいだに見つかった。 それについて書く前に、我々の父親どうしにも小さな接点があったことを、まずご紹介しておきたい(以前にもブログで触れている)。 私の父(実際には養父=私の父の兄)は、幼いときに東京で暮らしたことがあり、運悪く関東大震災を経験した。 江戸っ子だった妻の父も、ほぼ同じ年齢だったことから、関東大震災を経験している。 ※下の写真は当時の私の父。 それだけならまだしも、二人は当時、ともに深川で暮らしていた。 そして被災したとき、どちらも母親に背負われながら、川筋の方に避難したことで、危うく難を逃れたと聞いた。 多くの人が焼け死んだ両国の被服廠の方に逃げていれば、妻も私もこの世にはいなかったのである。 二人が、逃げ惑う人たちの中ですれ違っていた可能性もあったことを考えると、この話には何か運命的なものを感じざるを得ない。 そして、我々の母親どうしの間に見つかった接点は、これよりもさらに直接的なものだった。 (つづきます) #
by koechel581
| 2023-01-09 22:24
| @山小屋・その他
|
Comments(6)
格安で手に入れた中古着物を土日の夜の部屋着がわりに着始めて2ケ月。
妻にひやかされる度に、
「浴衣がわりだよ」 なんて(自分にも)言い訳していたのだけれど…… 正月休みで家に帰って来ていた息子が私の着物コスプレ姿を見て、 「意外にきまってるじゃん」 この一言に押され、毎年元日0時に近所のお寺に初詣に行くのをチャンスと定めて「路上着物デビュー」を試みた。 もちろん、夜陰に乗じたのは言うまでもなく……。 やっぱり、緊張した。 人とすれ違うたび、安物の着物と出鱈目な着付け(履物はふつうの革靴)を指さされないかと内心ビクビクもの。 参拝のとき後ろの人に「帯ほどけてますよ」なんて言われたりしたら……とか。 いつもより慎重に、しずしずと、身体を折り曲げないように歩みを進め続けて、何とか無事に帰り着く。 今回は妻と息子が一緒だったからまだしも、日中の「単独路上」に挑戦する勇気はまだ当分持てそうにないかも。 #
by koechel581
| 2023-01-05 18:52
| @山小屋・その他
|
Comments(0)
銚子からの帰路、江戸情緒が残るという佐原(香取市)の町に寄ってみた。
川(小野川)沿いに数百メートルほど古い家並が続く。 蔵の街・栃木市によく似た佇まいだが、こちらの方が江戸情緒(建物の多くは明治期以降のもの)の凝縮感は高く、映画のセットを見るよう。 伊能忠敬が住んでいた町でもあり、その住居と記念館が川をはさんだ向かい合わせにある。 脚休めに入ったカフェの名が「伊能忠次郎商店」……忠敬の縁者だろうか? クラフトビールの小さな醸造所でもあった。 周りにはカフェや雑貨屋が数軒。 お店の数としては、川越はもちろん栃木市にも及ばないが、立ち寄ってみる価値はある。 ここもまた、お店の人たちはみんな親切だった。
#
by koechel581
| 2023-01-04 20:13
| @山小屋・その他
|
Comments(0)
銚子漁港に立つポートタワーに上ると、まず目を釘づけにされるのが利根川の大河口。
どこまでも平らな地形を満々と水を湛えて太平洋に注ぐ利根川。 群馬県の山奥を水源に、東京を除く関東5県の県境を流れ下って来た大河川の最後を飾るに真にふさわしい姿だ。 対岸は茨城県。遠くに鹿島工業地帯の煙突が見える。 #
by koechel581
| 2023-01-03 20:27
| @山小屋・その他
|
Comments(0)
|
ファン申請 |
||